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ビスポーク

ARNYSとテーラーの職人技

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グランベール一家のジャンケル・グランベールは、20世紀初頭にパリ、セーヌ右岸のオペラ座広場にテーラーメゾンを創業し、名声を確立しました。事業は急速に成長し、1933年にメゾンはARNYSと改名して、セーヴル通り14番地に移転しました。優美で個性的なパリを活写する左岸のサンジェルマン・デ・プレは、ARNYSの大胆なエスプリにとっては右岸よりふさわしい場所でした。

数十年後、セレブリティ、文学者、アーティストなどがセーヴル通り14番地に集い、非公式のジェントルマンクラブを実現させました。パートナーの男性が生地やスーツのシルエットを決める際のアドバイスをするために、堂々とブティックに入っていく女性もいたため、必ずしも女性の入会は認められていなかったわけではありません。

セレブリティ ジェントルマンが集まる場所

建築家のル・コルビュジエは特別なゲストであり続けることでしょう。1947年のある朝、ル・コルビュジエはARNYS(アルニス)のブティックを訪れ、しなやかな街着用のジャケットの制作を依頼しました。そのジャケットは仕事着でありながら身体を快適に動かすことができ、エレガントと無頓着さを併せ持つことが条件でした。このシュール・ムジュールのオーダーに対し、ARNYSのテーラー、レオン・グランベールは、フランス中央部ソローニュの猟場番人のジャケットからヒントを得て、“Forestière(フォレスティエール=森の番人)”ジャケットをデザインしました。フォレスティエールのオリジナルバージョンは、ブラックのコットンコーデュロイを生地に使用したもので、その後伝説となったモデルです。

セーヴル通り14番地では、フランスのあらゆる政治家を見ることができますが、俳優やテレビ関係者、モード関係者も少なくありません。著名なゲストたちはARNYSを訪れると、これ見よがしではない真のエレガンスに裏付けられた唯一無二の職人技に出会えることや、完璧なスーツをつくりあげられるのは、メゾンが誇るトップマスターテーラーに限定されることを知っているのです。そして、シュール・ムジュールクラブへはとりわけ高い帰属意識を抱いています。

ARNYSの「クラブ」、「歴史」、「個性」という言葉は、たびたびベルルッティの表現と比較されます。ウォーホル、トリュフォー、ジャン・コクトー、マルチェロ・マストロヤンニなど、ARNYSを訪れたゲストの大半は著名なジェントルマンだからです。彼らはすべて、シックなエレガンスと独自の無頓着さを併せ持つメゾンの歴史の一部となっています。

大胆に!

ARNYSは、完璧でタイムレスなエレガンスの中にも、独特の大胆さというスパイスを楽しみ、提案し続けてきました。独特の大胆さとはどのようなものでしょうか。それは、さりげなさや繊細さです。ARNYSとベルルッティはこの大胆さを共有していたからこそ、ひとつとなったのです。2つのメゾンは、ルールを軽やかに外し、ずらし、楽しんでいます。

ベルルッティではたびたびカラーをずらします。グレーやマリンブルーより、ボルドー、グリーン、イエロー、オレンジを好みます。ベルルッティが使う生地は必ず艶めき、輝いています。艶と輝きがダイナミックかつ華やかに調和しています。大胆さは、独自のディテールにも表れています。スーツの裏地にはたびたびサプライズが隠されています。ときには、ボタンのチョイス、肘当ての位置、ネクタイのプリントなどにもサプライズが隠されています。ベルルッティでは、アレッサンドロ・サルトリが選ぶアイテムにも大胆さが見られます。サルトリは、ベルルッティ工房のアーティストとともに、ビスポークテーラー向けのインスピレーションをかきたてるコレクションをデザインしています。サルトリのコレクションには、ジーンズ、サファリジャケット、トレンチコートなど、それまでは既製服であったアイテムも見られます。ここにこそずらしがあるのです。

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